出口の無い部屋

要はマジカオス。 初めていらっしゃった方はカテゴリーの〈はじめに〉をお読みください。

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淵海・3 

ハンパなく長いですよ。注意。
戦闘適当でも書くの好きなんだ。

   3・昼下り 

 鋼の扉の前に立ち、俺は深く息を吐いた。鋼の扉の向こうには機関(オーガン)の古株がいる。
 彼の隊は邪哭の記録などの事務、各隊に人を分ける人事をまとめている。その隊長である彼は機関にある各隊のことに暗くない男だ。
「馮異(フウイ)、いるか?」
俺はそう言いながら返事を待たずに扉を押した。礼儀として在室を尋ねたが、俺は彼が執務室の外を歩いているのを見たことがない。
 入ってすぐ、この広い執務室は奇妙な圧迫感を与えてくれる。書棚が壁一面に重々しくそびえているからだ。圧迫感を気にしないのはここの主ぐらいだろう。
「何用か? 九鬼隊長殿。」
双黒点が明かりを受けてゆらりと光る。ここの主、馮異(フウイ)はバリトンよりは低いかといった声で、俺に聞いてきた。
 彼は四十半ばを越えた姿で、墨色に多くの白が混ざり灰色に見える髪を顔の横だけ短く切り、後ろは首のうなじまで伸ばしている。
「あの女、何者だ?」
 俺は彼の鋭い眼差しに対抗するように、先程より少し声を大きく発した。
「あの、女……貴殿の新入隊員、か。」
 その思い出したような言い方に眉を寄せた。最近の話で覚えているものだと思ったのだが、多忙なためか記憶に残さなかったらしい。
「お前が俺の隊に入れたんだろ。何か知っているはずだ。」
「書類に記したことが全て。」
 大陸出の馮異はあまり多くを語らない。光政(みつまさ)に言わせれば、俺も口数が少なく似たもの同士、らしいが、こうして彼と会話をしていると自分が口数の多い人間のように思えてくる。
「確かに、書類は見させてもらった。だが、俺が知りたいこと、何故知暁式が使えるのかということは書かれていなかった。」
「書類に記したことが全て。私にも分かりかねる。我らが知っていることが世の全てではない。彼女曰く、『突然変異』ということでは?」
 馮異の反応は早かった。俺の知りたいことを既に理解していたのだろうか。反応の機敏さに驚いて少しの間、言葉を返せなかった。
「……よく、それで入隊を許可したな?」
「我ら、鏡界の人手不足は貴殿も既知のこと。」
「知ってはいるが、不明項目の多い奴を――」
「それほど、人手不足、ということ故。」
 人手不足。最近よく聞くその単語に眉をひそめた。邪哭の活発化など理由は様々だが、鏡界の人口が減ってきているという問題だ。
「……分かった。忙しいのにすまなかった。」
俺は踵を返して再び鋼の扉へと向かう。
「いや。貴殿ならば来ると思っていた。」
 彼の言葉に振り返ると、馮異は目を閉じていて、ほんの少し鋭さが和らいでいた。俺は黙って執務室を後にした。



 馮異の部屋から帰った俺は、隊員たちから提出された戦闘の報告書や始末書を読んでいた。隊長になると現場指揮だけではなく、こういう事務処理もしなくてはならない。
 溜め息を吐いて読み終えた書類を机に投げ、見慣れた隊長室に何気なく視線を巡らせた。
 白い天井には知暁式(ちぎょうしき)の応用によって淡く光る照明、様々な理由で戦闘に参加できない機関の者たちがせめてと掃除してくれている床。壁には、邪哭に関する資料が本棚に収まっている。そして、俺の座っている執務机と来客用のソファが二組。昼の高い日差しが隊長室の大きな窓から入っていた。
 気晴らしに鍛錬所に行ってくるか。そう考えて俺は机に立て掛けていた双剣を手に取る。
 その時、ノック音が隊長室に響き渡った。ノックの、癖のあるリズムから副官補佐の風間 雅だというのが知れた。
「雅、入れ。」
「失礼しまっす。」
 一礼をして中肉中背の青年が入ってくる。俺は双剣を再び立て掛けて雅へと向き直った。
「隊長、書類持って来ました。」
言葉と同時に机の右上に、書類の束が置かれる。俺はそれを見て密かに溜め息を吐いた。そして、一番上の書類を手に取り、眺めた。
「……おい、雅。」
「なんすか?」
特徴のある口調で聞き返し、雅は首を傾げた。
「この報告書、終わってから間もないな。」
 雅は短く切られた茶髪を掻いた。日に焼けた耳が若干赤い。
「ああ、それ、ライネさんがそっこー仕上げてくれたんすよ。すごいっすよ。出てない戦闘なのに、聞くこと聞いてパパパーって。」
「おい。新入隊員に任せるなよ。」
 そう言いながら俺は書類を机の上に置いて腕を組んだ。何故、新入隊員の仕事が速いのだろうか。
「すんません、でも、ライネさん、仕事上手なんすよ。その書類、俺見ましたけど、ミスないっすよ。」
「……随分と溶け込んでるようだな?」
 様子を聞く意味で俺はそう問いかけた。
「はい。優しくて、にこやかで、その上物腰も丁寧で、訓練もしっかりやってるみたいっす。皆から一目置かれる存在になっているっすね。初日に、隊長に連れられて実戦出て、知暁式使ったことで、今後実戦には出ないのかってよく聞かれるっすよ。」
 俺が初日に新入りを実戦に連れたのは、他の隊への異動希望届を出させるつもりだったのだが。自身の眉間に皺がよるのがわかった。書類といい、あの新入りは不審な点が多すぎる。
「あ、今鍛錬所いるっすよ。ライネさん。」
思い出したように雅が付け足した。不審な点が多いのならば、確かめていけばよい。
「様子……見に行くか。」
俺は双剣を手に取り、立ち上がった。
「うぃっす。」



 鍛錬所では、様々な戦闘訓練が出来る。隊の性質上、俺の隊の人間はもっぱら外にある道場で各々技を磨いている。しかし、今、俺と雅は鍛錬所の地下に来ていた。知暁式の訓練方法は、専用の装置に体を繋ぎ、仮想現実で行なう。現実で行なって暴発などがあっては、冗談では済まされないからだ。その装置の管理室などがあるのが、この鍛錬所の地下というわけだ。
「九鬼隊長! 風間副官補!」
椅子が倒れるのではないかという勢いで、鍛練所の男は立ち上がり、頭を下げた。
「あはは、俺、補佐する副官さん、いないんすけどね。」
 謙遜のつもりか雅が言った通り、俺の隊は副官の席が空いている。普通、副官は隊長の仕事とほぼ同じものを行なう。それを任せられる人間が隊にいないので、空いているだけだが。
「座ってくれ。今、隊のが知暁式の訓練をやっているな?」
「はい。……ちょうど、終わったようです。」
 男の言うのほぼ同時に、終了のブザー音が鳴った。
「こちらに呼びますか?」
「ああ、頼む。」
俺は男の言葉に即座に首肯した。
 しばらくして、奥の扉から烏羽色の髪を結い上げた女が現れた。
「ライネさん、どうも。」
雅は髪に手をやり、首だけ動かして礼をした。女は俺たちがいたことに驚いたようだったが、すぐに左胸に手を当て、踵を揃えて直立する。同隊の上官への正式な敬礼だ。
「隊長が様子気になったって言うんで……」
「皆、親切にしてくれています。九鬼隊長、風間副官補。」
雅の言葉からにっこりと笑って女は答える。
 俺はそれには何も言わずに入隊の書類を見たときから気になっていたことを聞いた。
「お前……苗字は?」
「はい?」
俺の質問に女は少し驚いたような声をあげたが、笑みに戻った。
「……――ああ、そのことですか。私は現界から鏡界に来た時に、人であって人でないものになった時に、姓を捨てたんです。割り切るのが下手なもので。」
 大抵、こちら側に来て入隊するのは邪哭絡みの事件に関わってしまったものたちだ。その中には姓を失う、捨てる者もいる。
「そうだったんすか……」
呟く雅を横目で見て、俺は腕を組んで沈黙した。
 女が笑みに戻る一刹那に、長年研ぎ澄まされた俺の眼は全く違う表情を見ていた。それは氷の表情とでも喩えれば良いのか。感情の色もなく、ただ冷たい表情だった。
 沈黙が十二分に染み渡った頃に俺は口を開いた。
「雅。悪いが、模擬試合をしろ。」
雅はゲと声を漏らした。
「嫌っすよ。隊長、加減ないじゃないっすか。」
 そんなことはないのだが、そこには触れずに俺は首を傾けた。
「誰が、俺の相手をしろと言った?」
「――え……ってことは……ライネさんとっすか?!」
驚きに満ち満ちた大きな声とリアクションが返ってきた。雅の栗色の瞳は大きく見開かれている。
「ああ。」
「いーやーっすよー! 俺、それは嫌っすよー」
先程よりも嫌がり様が大きかった。雅は腕をぶんと振り下ろし、がばりと女に向き直った。
「ライネさんだって嫌っすよね?」
 女はちらりと俺のほうを見てから苦笑いを浮かべた。
「隊長命令ですよ、風間副官補。お手柔らかにお願いします。」
「うぇぇえええぇええ?!」
 雅は、下の者と鍛錬するのは自分の趣味のようなものだと豪語していたはずだ。何故今回はこんなに騒いでいるのだろうか。
 雅の叫びが、しばらく続いた。



 道場にいた皆には悪いが、少しの間、出て行ってもらった。
「知暁式使用可。だが、武器は、そこにあるものを使え。」
 俺はそう言うと、鋭く女のほうを見た。女は俯いて佩いた刀にそっと触れていたが、俺の視線に気付いたのか、にこりと笑みを浮かべる。
 その間に、雅が壁に並んでいる武器から木製の棒を選んでいた。普段使っている槍に、もっとも似通っているからだろう。
 女もまたそれを見ていたはずだが、迷わず木刀を手に取った。それを見た雅が眉を上げる。得物の長さを考えれば、明らかに女のほうが不利だろう。
「武器で一撃入れたほうが勝ちだ。」
そう言い、白い壁に背を預ける。
「ライネさん、知暁式、あんまり加減しなくていいっすからね。俺頑丈なんで。」
 にかりと無邪気な笑みを見せ、雅は告げた。
「そんな。」
知暁式の直撃は洒落にならない。女は首を横に振った。
「大丈夫っすよ。じゃ、行くっすよ!」
 床を蹴って雅が飛び出した。
「炎天の焔、散らせ」
握り拳大ほどの火球が幾つか女の傍に上がり、副官補のほうへ向かう。本来実戦で使われるものより、速度も数も小さかった。
「祈りの舞、掻き抱け」
流石といったところか、雅も知暁式を使って対応する。塵も残さず火球が掻き消える。
 間髪いれずに雅は突きを繰り出した。女は木刀でそれを受ける。鈍い音が響いた。しばらく雅と拮抗するが、力では敵わないと判断したのか女が横に飛んだ。雅に不意をつかれた様子はなく、横殴りに振られた棒が正確に相手の脇腹を狙ってくる。
――予想か勘か。
 俺は眉をしかめた。女は棒が来る前に脇腹に木刀を構え、足を踏ん張った。雅の加減している衝撃にすぐに対応する。そして、棒の側面に木刀を滑らせて雅の懐に飛び込む。雅のものであろう、はっと息を呑む音が聞こえた。虚を突かれたのか、動きが鈍い。
 その一瞬の隙に女はサマーソルト――その場で後方回転――をする。右足のつま先が雅の顎を狙う。ぎりぎりのところで雅は身体を仰け反らしてかわした――いや、女がかわせるようにしたようだった。女はそのまま二度ほど後方回転して距離を置く。そして天井に向けて手を伸ばす。
「黒雲孕み、炎花散華せよ」
 構え直した雅は、先程と同じことになると考えたらしく、眉を寄せている。
 俺はそれを見、内心呆れた。確かに俺の隊は知暁式をあまり使わないが、雅にはもう少し知暁式の知識を付けさせるべきだと思いを巡らせた。
 その間に女の放った知暁式によって黒炎が幾多に分かれて上空から舞散る花びらのように落ちてくる。
「祈りの舞、掻き抱け」
 先程と同じく、知暁式で炎は掻き消える。しかし、炎から生まれた煤のような黒い靄が辺りを覆う。目隠しだ。この手の知暁式には、風の知暁式をぶつけて相殺するのが常識なのだが、雅はそれを忘れているようだ。俺は黙って耳を澄ませた。
 暗幕の中、しなやかな床を強く踏み切る音に続いて、驚いたことを示す呼吸音、次いで棒が空を切る音が聞こえた。
「――ッ」
 最後に聞こえたのは、棒に何かが当たった音と、女の息の詰まった声だった。
 俺は靄を逃がすために道場の戸を開けていく。
「ライネさん!? 大丈夫っすか? 俺、勘で棒を振ったんで、当たるなんて――」
棒が床に落ちる音が雅の声に紛れていた。雅が酷くうろたえているようだ。靄は次第に晴れていく。
「……大丈夫ですよ、風間副官補。」
ややあって聞こえた女の声は試合を始める前となんら変わっていなかった。
「九鬼隊長、俺っ!……」
 靄がほぼ全て晴れたと同時に、自分でも何を言うつもりなのかわかっていないのだろう雅が俺の前までやってくる。俺の隊の副官補佐がこんなことでいいのだろうか。色々と思案しながら、雅の額を小突いてやる。
「少し落ち着け。」
「……すんません。」
 小突かれた額を押さえて雅が小さく零した。女のほうを見やれば、雅が放置した棒と自分の使っていた木刀を片付けていた。
「雅、どう見る?」
 俺の中では答えを出し掛けているが、雅に尋ねた。
「え……そうっすね……、現界のほうでなんかやってたんじゃないっすかね。いきなりでも、物怖じしないで知暁式も使ってましたし。」
 雅の見解は妥当といえるだろう。しかし、今の現界でそのような職など、限られているはずだ。
 雅がひょいとこちらを見ていた。俺が急に黙ったので、様子を窺っているようだ。
「……そうか。……お前には後で光政に知暁式の訓練をつけてもらうよう、俺から言っておく。」
 体を動かしたことで上気した雅の顔が光政の名を聞いた途端に青ざめる。
「隊長……俺、生きて帰ってこれないっす。マジ無理っす。知暁式に関して堂島隊長は本気容赦ないじゃないっすか。墓石の下へまっしぐらっすよ。」
「知暁式の知識を一から叩き込んでもらえ。」
「拒否不可っすかー!」
 頭を抱え込んでうずくまる雅は放っておいて、鍛錬用の武器を眺めている女に声を掛けた。
「お前……今日の仕事は雅に任せて帰れ。」
「負けたのは私ですが?」
 女は驚いたように小首を傾げた。
「帰れ。」
俺は答えずに語威を強めた。女は二、三回目弾きをしたあと、分かりましたと言い道場を後にした。
「……あの女。」
 舌打ち一つして俺は独りごちた。不審な点はさらに増えていた。

  3・昼下り
    了
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