出口の無い部屋

要はマジカオス。 初めていらっしゃった方はカテゴリーの〈はじめに〉をお読みください。

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識者のおごり。 

自分はわかっているから、わからない人の気持ちはわからない。
多分よくあることです。

先生という仕事をしているとこの場面によく出くわします。

今日も出くわしました。どっぷりと。 批判というか自分に対する教訓というか、、、な内容なので、
具体的なことなど一部不器用なオブラートに包みます。

先輩(いつもの、先パイとは違う)と色々話し合っていて。
話が、ある生徒さんのことになりました。

どうしても苦手な科目を受験までに仕上げなければならない。受験ではままあることです。
生徒自身もそれに不安を覚えている。焦りを感じている。よくあることです。
では、その苦手な科目を教えなければならない私たち先生と呼ばれる存在は、どうしたら良いのか。
そんな話。


実際に、その生徒に苦手な科目を教えている先輩は「これをやって」と指示を出して。
100%やってこなきゃ、ああ、この子はここまでか。で、指示を出し続ける。
私が「出来ないのは何でなんですか?」と聞いたら「やってこないんだ」「覚えられないんだ」の二者択一返答。
やってこない、覚えられないのには理由があるんじゃないんですか?
その生徒さんと話したとき、言っていました。
「最初から得意な先生(先輩のこと)には、この教科が苦手で嫌いな、出来ない自分の気持ちは分からない」

生徒が覚えられないと言うなら何か原因がある。嫌いだからとかどうしても暗記がへたくそだとか。
私たちはそういう生徒に対して、「今までもこうだったから」っていう型通りに対応してはいけないんじゃないのか。不安な気持ちや焦りを受け止めなくてはならないんじゃないのか。
授業っていうのは冗談や奇麗事ではなく、先生と生徒で作るものだ。
生徒は人間。人間は千差万別。十人十色。気持ちも考えも個々に持っている。
先生は人間。機械じゃない。インプットされたプログラムのみを実行する機械じゃない。
「去年こうだったから」
その結果が良いものであれば再びやることはOKだろう。
しかし、結果がそれほど良くないものなら、改善しなくてはならない。
ただ授業をするというのは駄目なんだ。
生徒自身とその授業が合わない様なら、「担当変えたほうが良いかも」とか言うより先に、授業を、或いは自分を変えようとする努力が必要になる。言葉や態度が必要になる。

そう考えさせられる事象でした。


「最初から得意な先生には、この教科が苦手で嫌いな、出来ない自分の気持ちは分からない」
こんな悲しい関係に、思いに、させてはいけない。

今日から少し気持ちを入れ替えよう。
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[ 2007/10/27 21:04 ] [ 編集 ]
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